【訃報】ギブきょうだいの“末っ子”ベリ・ギブさんが亡くなりました
ビー・ジーズのギブきょうだいの“末っ子”格だったベリ・ギブさんが亡くなりました。ベリさんは年齢が近かったせいもあってアンディと親しく、トリビュート・アルバム『Please Don’t Turn Out the Lights』にも参加し、「誰も見えない」を歌っていました。
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ビー・ジーズのギブきょうだいの“末っ子”格だったベリ・ギブさんが亡くなりました。ベリさんは年齢が近かったせいもあってアンディと親しく、トリビュート・アルバム『Please Don’t Turn Out the Lights』にも参加し、「誰も見えない」を歌っていました。
マン島に設置される予定のビー・ジーズ像についてBBCによる続報。
・ロックダウン解消後、制作者側が像を配送し、設置作業をじかに監督する。
・ダグラス市議会はビー・ジーズ像の集客効果を確信。
2019年に計画が発表された生まれ故郷マン島ダグラスにおけるビー・ジーズ像建設計画の現状。
・コロナ禍による移動制限が解かれ次第、作業が進められる。
・本来なら、昨年7月にバリーを迎えて除幕式が行われる予定だった。
バリー・ギブがApple Musicの取材に応えた内容をAmerican Songwriters.comが紹介。
・80年代に他のアーティストに曲を提供する裏方に徹したのは、ビー・ジーズの曲はメディアに無視されたから。
・「哀愁のトラジディ」が生まれたのは隣でスティーヴィー・ワンダーがあの曲をレコーディングしていたせい?
ビー・ジーズのアルバム・シングルをチャート・アクション主体にまとめた新著『THE BEE GEES ALL THE TOP 40 HITS』が発売されました。
1972年9月に日本発売されたビー・ジーズのシングル「ラン・トゥ・ミー」の楽譜を取り上げた当時の雑誌の新譜紹介記事。タイトルの誤記(?)にビー・ジーズのイギリス訛りが反映されている?
1972年3月に行われたビー・ジーズの初来日公演。当時の雑誌やファンの方の思い出から、圧倒的だった彼らの日本初登場のステージを振り返ります。
バリー・ギブがワシントン・ポスト紙のインスタグラムQ&Aに登場。
・ビー・ジーズのユニークな個性はオーストラリアという独特な環境で移民として育ったことに起因する。
・ディスコを批判する人がいるが、ジャンルにとらわれるより、人を感動させる音楽であるかどうかが問題。
フー・ファイターズが英BBC Radio 2で「ユー・シュッド・ビー・ダンシング」の愛情あふれるカバーを披露。
・ボーカルのデイヴ・グロールはファルセットに初挑戦。「とても歌いやすかった」とか。
・グロールはビー・ジーズのファンで、子どものころは「ビー・ジー」という名前の犬を飼っていたそうです。