若葉のころにはレストラン「メロディ」でお茶を

クリスマス・ツリーが大きく見えたあのころ…

パンデミックが猛威を振るう直前、全国の小劇場で『小さな恋のメロディ』が順次上映されました。ロンドンの夜明けの光や初夏の輝く緑を背景に流れるビー・ジーズの音楽を久しぶりに大画面で楽しまれた方も多いのではないでしょうか。

映画『サタデー・ナイト・フィーバー』は売り出し中の若手だったジョン・トラボルタをスターダムに押し上げましたが、当時、アメリカのある雑誌に「この映画でトラボルタ以上に大スターになったのはビー・ジーズだろう」と書かれていて、大いに納得した記憶があります。当時のビージーズはすでに大スターではありましたが、「フィーバー」時代には集団ヒステリーにも似た熱狂が生まれ、その成功は、のちにロビンが「月に行った宇宙飛行士の体験」にも例えた、要するに前人未到の領域に突入したのでした。

けれども日本では、ある意味で映画音楽としてより愛されたのは、『小さな恋のメロディ」の方だったかもしれません。長年のファンの中には、この映画でビー・ジーズの音楽を知り、翌72年の初来日でステージや映像で歌うビー・ジーズの姿を見て虜になった、というパターンの方も、個人的に知る範囲でもかなりいらっしゃいます。先日、ある長年のファンの方と話していたら、「何の予備知識もなく劇場に足を運んで、冒頭の『イン・ザ・モーニング』を聴いたとたんに人生が一変した」とおっしゃっていました。「生涯変わらぬビー・ジーズのファン」が誕生した瞬間だったわけです。

けれども『小さな恋のメロディ』が日本でしか評価されなかった、というのは、一種の”迷信”です。この映画は当時英米でティーンのトップアイドルだったジャック・ワイルド主演だったにもかかわらず、欧米では商業的にあまりふるいませんでしたが、当時の日本ヘラルドが実にたくみに宣伝や惹句に使用したように、ヴァラエティやニューズウィークなど錚々たる紙面・誌面で好意的な評価を獲得すると同時に、特にアジアやスペイン語圏で多くのファンを生みました

また、母国イギリスでも『小さな恋のメロディ』はカルト的な人気を誇る作品として評価が定着しています。そんなファンにとっての「聖地」のひとつは、なんといっても「若葉のころ」流れる墓地での初めてのデートシーンですが、この場面は編集によるもので、ふたりが手をつないで抜けるあのアーチを抜けてもあの墓地には行けません。まったく違う場所でロケしたものを編集したのが「若葉のころ」のシーンです。

この赤煉瓦のアーチはロンドンのハマースミスにあるセント・ポールのハイ・マスター・ハウスという建物の一部です。ジャック・ワイルドが自伝(既報)の中で『小さな恋のメロディ』を「ハマースミス版ロミオとジュリエット」と表現しているように、この映画はハマースミスやランベスなど、テムズ川北岸を主な舞台として撮影されています。そして映画が撮影された1970年代初頭後、地域の再開発が進んで、なんといまではこのハイ・マスター・ハウスの敷地にはセント・ポールズという名前のブティックホテルが建っています。そしてこのセント・ポールズ・ホテルには、その名も「メロディ」というレストランがあるのです。


このホテル紹介動画でも、入ってすぐのフロントわきに映画に登場した螺旋階段が残っているのがわかります。先生たちが結婚式を阻止しようと乗り出す場面で急ぎ足でおりていったあの階段です。

先生たちが急ぎ足で降りた「あの」階段!

レストランのサイトには、レストラン「メロディ」について、こんな風に書かれています。

この「メロディ」レストランは、英国でもっとも愛されている映画のひとつであり、1971年の公開以来、国際的にカルト的な人気を集めるにいたった映画『Melody(小さな恋のメロディ)』からその名前をとっています。

あ、そうだ。この記事(実に書き始めたのはレストランMelodyがオープンして間もない2015年のことだったんです(とうつむく)が、ついついペンディングになっておりました(汗))を書くために、『小さな恋のメロディ』のWikipediaか何かを読んでいたら、「実際には階級制度のきびしいイギリスの学校でダニエルやメロディ、トムなどさまざまな階層の子どもたちが同じ学校に通っているということはありえず、これはストーリー展開上のフィクションである」みたいなことがどこかに書かれていました。が、これは間違っています。当時のイギリスは戦後の教育制度改革の影響で、さまざまな階層の子どもたちが同じ学校に通っていたのです。この点については、ロビンの長男で1972年生まれ(ダニエル君やメロディちゃんと同世代と言うには、ちょっと若いけど)のスペンサー・ギブに訊いてみたところ、それは事実で、彼自身、あらゆる階層の子どもたちが混ざった学校に通ったと教えてくれました。そういう「壁を取っ払う」ようなエネルギーがあの映画の、たとえば休み時間や下校時間のたびに歓声をあげて走り出してくる子どもたちの描写に反映されていたような気がします。

{Bee Gees Days}

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