【2020年6月】新作を発表したヴィンス・メローニーのロング・インタビュー(その2)

ところがぼくたちの初日の晩に、ギター以外の道具を全部置きっぱなしにしていたら、クラブが火事になって燃えてしまったんです。ジョニー・ディックがイギリスで作ったドラムスも燃えてなくなりました。オーストラリアの会社からレンタルしたアンプも、すっかり燃えてしまいました。だからぼくたち、演奏する機会がなくなってしまったんです。「まあ、いいや、ほかで演奏しよう」というわけにはいかない。3か月だか、6か月だか先まで、予定は詰めてしまったいたんですから。

結局、数回はコンサートをしたものの、みんな気分が悪くて、良い演奏もできず、ファニー・アダムズはそれで終わってしまいました。ぼくはそのあともしばらくオーストラリアに残って、すごいプレイヤーたちと演奏しました。メルボルンではフライトというグループを結成しましたが、良いグループでした。それに何人か、本当に素晴らしいミュージシャンと仕事をする機会にも恵まれて、本当にありがたいと思いました。

ザ・クイーンズというファミリー・グループに会って一緒に演奏もしました。男性と女性のきょうだいに、いとこがふたりというグループだったと思います。家族で構成されたすごく良いグループで、みんなで笑ってばかりの楽しい時間を過ごしました。何回も一緒にステージに立って、それからぼくはイギリスに戻ってきました。

オーストラリアに行ったのはジョン・ポール・ヤングっていう人物と一緒に仕事をするためもありましたが、それはうまくいきませんでした。長いあいだいろいろと努力して、大掛かりなツアーを計画し、金額も決まっていたのですが、ツアーは実現せず、4回ほどコンサートをしただけで終わりました。レコーディングもしたのですが、大変過ぎました。

それでオーストラリア時代には広告の仕事をして、CMソングを書いたり演奏したりしていました。曲を書いてはミュージシャンを集めて演奏したり、しばらくは楽しんでました。それからソロとして小さなクラブを回るツアーをしました。客から数メートルの距離で一体感を持って演奏するのは楽しいので、小さなクラブの仕事は好きだったんです。客の笑顔や目の輝きが見えるし、いいんですよ~。そういった親近感ってすごく大事です。

あちこち移動して、素晴らしいコンサートもいっぱいやったし、いまいちというのもいっぱいやりました。でも楽しかったです。ツアーは好きでした。

JB 実は別の曲ですが、ファニー・アダムズのシングルはGot to Get a Message to Youというタイトルでしたね。あれは偶然?

ヴィンス まーったくの偶然です。ダグ・パーキンソンがメインで書いた曲なんです。いろいろとアイディアを出す人で、「Got To Get A Message To You」も彼のアイディアでした。はっきり覚えてはいませんが、当時彼に「ビー・ジーズに同じタイトルのヒットがあるよ」って言ったんじゃないかと思います。でもビー・ジーズの曲が元になってるとかじゃないんです。完璧に偶然でした。また曲を書いて演奏するチャンスさえあれば、いいグループだったはずです。

14曲目「Got to Get a Message to You」(ファニー・アダムズ)

バリーとの驚異的な共作体験

JB 70年代後半にバリー・ギブと一緒に書いた曲があるということですが、見つけられないのです。発表されなかったのですか?

ヴィンス そう、どういうことだったかお話ししましょう。なかなか面白い時期だったんです。ビー・ジーズは一時期なりを潜めていたのですが、曲の版権使用料は途切れずに入っていたので、バリーとモーリスはマン島に引っ越したんです。彼ら、子どものころにもマン島に住んでいたんですよ。たしかマン島生れじゃなかったかな。とにかく、当時のぼくはいろいろと書いてはいたのですが、仕上げることができなくて、気持ちの余裕がなくなっていたのです。曲の出だしと途中だけならカセット何本分もあったのですが。ウイスキーを飲みまがらギターを弾いていると、ノってきて、歌いはじめ、アイディアがわくんですが、何ひとつ仕上げるところまでいかなかったんです。

そこでバリーに電話しました。1977年のことです。そしたら、バリーは「訪ねておいでよ」って言ったんです。悩みを打ち明けたら、おいでよ、って言ったんですね。で、訪ねていって、バリーの家に滞在しました。奥さまのリンダさんもいましたね。それにリンダさんのご両親、ジョージさんとお母さんはなんて名前だったかな。(訳注 リンダ夫人のお母様はメイ・グレイさんです)で、一緒に食事をしてから、最初の日にバリーが「じゃあ居間に行こう」って言うんです。

居間に行ってバリーはドアを閉めました。誰も入ってきませんでした。入ってきたのはジョージさんだけ。ジョージさんはノックして入ってきました。バリーはお茶が大好きなんですよ。一日中かなりの量のお茶を飲むので、ジョージさんがお茶を持ってきてくれたんです。バリーのお茶と、ぼくにも何か飲み物を……やっぱりお茶だったかな。ぼくは小型のカセットレコーダーを持っていたので、テーブルの上に出したら、バリーが「つけて」って言うんです。

カセットを通して聴きながら、バリーが「そこで止めて、ちょっと戻して」というので、その通りにしたら、バリーはもう一度聴いて、アイディアがわいたんでしょう。何をしたかというと…びっくりでした。バリーは黄色いメモ用紙をテーブルに置いていて、「この曲のタイトルは『Morning Rain (朝の雨)』だ。……ぼく、いつもまずタイトルを決めて、そこからはじめるんだよ」って言うんです。で、そのままノンストップで文字通りその場で曲を書いちゃったんです。ギターも弾かないし、歌も歌わないで、ものの10分ぐらいで。

で、何よりびっくりしたのは、思い出すたびに驚嘆するのですが、バリーは曲を書いちゃっただけじゃなくて、次にギターを手にとって、その曲を弾きながら歌ってみせてくれたんです。「ああ、そうだなあ、あのキーにしてみるか。GからAマイナーにしてみよう」とか、そんなこと何ひとつ言わないで、ただギターを手にとると、弾いてみせたんです。信じられなかったですよ。それからバリーは「もういっぺんテープを聞かせて」って言って、また聴きながらまた何か思いついたみたいでした。そこでまた1曲できたんです。

ぼく、よく覚えているんです。とにかくびっくり仰天だったので。しかもぼく、バリーと2年間スタジオで仕事をした経験があるんですよ。それなのに、バリーはそこで曲をババッと書いていっちゃって……それからちょっと詰まったんですけど、ちょうどそこで電話が鳴ったんです。ぼくはバリーと一緒にソファに座ってたんですけど、バリーは電話に出て、とにかく、「ああ、うんうん、そう。いいよ。じゃあ、うん」とか、短く答えるだけなんです。それから電話を切ると、続きを書いちゃったんです。つまり、電話で話しながら、バリーは「あの続きはどういう一行にしようかな」って考えていたんだと思うんです。そこで電話が終わるとすぐに、曲を仕上げちゃったんですよ。で、また、ギターを手にとるとその場でその曲を弾いてくれました。

ぼくは「これ、レコーディングしよう」って言って、新しいカセットを入れました。バリーは歌いながら演奏して、ぼくはバックでちょこちょこ歌って、それで完成です。ただのカセットレコーダーで、ソファに座って吹き込んだだけで、特に何もしなかったんです。「離れすぎてる」とか、「近すぎる」とか、「ギターの音が大きすぎる」とか、そんなの何もなしです。信じられなかったです。すごい質の高さだったんです。で、バリーは完璧に歌いました。ほんっとに完璧で、一ヵ所もとちらずに。ほんと、信じられなかったです。

ぼくはそれから2日ばかり滞在して、モーリスにも会ってから、イギリスに帰りました。ただね、それでどうなったかというと、ぼくにはあの曲は高すぎて歌えなかったんです。ヴァースの部分はいいんですが、コーラス(サビ)になるとぼくにはぜんぜん高すぎて。バリーはけっこう高い声だったのもあるし、ファルセットでも歌ってたでしょ。もっともあの曲ではファルセットは使ってなかったと思います。ただ、もともとバリーの声はかなり高いんです。ただ、キーを変えて低くしてみると、ダメなんですよ。曲が台無しになってしまう。

二曲目は「Let It Ride(レット・イット・ライド)」というタイトルでした。これで2曲できたので、さて、どうするかな、と思いました。シングルには向かないかもしれないけど、アルバムに入れるには良い曲だな、と。それからぼくがマン島にいる間に、バリーが「ヴィンス、次はディスコが来るよ」って言ったんです。1977年ですからね。『サタデー・ナイト・フィーバー』が出たんですよ。ところが例の2曲はどうすることもできなかったんです。1980年にオーストラリアに戻ったときに出版社にも行ってみたんです。ビー・ジーズといえば知らない者はいないグループで、『サタデー・ナイト・フィーバー』だ、「ステイン・アライヴ」だ、っていう時代でしたからね。

ぼくが持っていた2曲ともバリーの声で歌われてたし、きっとみんな関心を持つだろうと思ったんです。ところが2曲とも売れませんでした。誰も興味を持たなかったんです。ぼくはすっかりがっかりして、カセットを引き出しにしまいこんで、そのままほうっておきました。

でも2-3年後に、カセットを引き出しから取り出してコンピュータにコピーしました。カセットではいずれ音が劣化しますからね。だから、今でも2曲とも持っています。今でも誰か歌ってくれないかなと思っていますが、まだ誰も見つかりません。いまだにぼくが持っています。

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