【1990年1月】ビー・ジーズ来日インタビュー(FMレコパル誌)

33年前、One For Allツアーで1989 年末に3兄弟最後の来日を果たしたビー・ジーズに『FMレコパル』誌が取材した1990年1月8日~21日号の記事です。 バリーが42歳、ロビンとモーリスは39歳でした。

30年以上ものキャリアをもつビー・ジーズが、15年ぶりの日本公演を行った。11月29日、横浜アリーナ。「マサチューセッツ」(’67)、「小さな恋のメロディー」(’71 )、「ジャイブ・トーキング」(’75)、「愛はきらめきの中に」(’77)……改めて聴くと、歴史の偉大さを実感する。そして最新作『ONE』(ワーナー・パイオニア)は通算26枚目。「今まででいちばん満足した1枚」とバリー・ギブが誇るこのアルバムは3人のセルフ・プロデュース作であり、’88年に亡くなった彼らの一番下の弟、アンディ・ギブに捧げた作品でもあるのだ。(BGD注 原文通りで間違いもそのまま出してあります)

アンディも共演するはずだった『ONE』

ー 『ONE』はライブ・ステージを意識してなるべく機械的処理をさけたそうですね?

バリー 「ビー・ジーズを過去の姿ではなく現在の姿で観てもらうには、ライブバンドとして各国をツアーすることが重要だからね。本当はもっと早くツアーしたかったけど、タイミングが合わなかった」

モーリス 「最高のライブをやってステージを去るときの気持ち良さといったらないよ。今夜は最高だった!ってね。この快感にしばらくごぶさたしてたのは寂しかった。ツアーをやるということは、レコードを買ってくれたファンに感謝の気持ちを示せるし、自分たちの今の存在も実感できる。だからスタジオにこもるのは、ぼくたちのやり方じゃないんだ」

ー タイトルを『ONE』としたのは、なぜですか?

バリー 「3人がひとつになって初めて、音楽が成功するという意味。いつもぼくたちはひとつだったけど、こうして言葉で表すのは初めてだ」

ー コンサートではアンディに「愛はきらめきの中に」を捧げていましたが、彼のことも含めて『ONE』で表現したかったことはなんですか?

バリー 「やはりなによりもアンディへの思いだね。彼の死の直後に作った曲が多いんだよ。たとえば「ティアーズ」「ウィッシュ・ユー・ワー・ヒア」といった曲。アルバム全体をアンディに捧げたとしか言いようがないね」

モーリス 「アンディはこのアルバムで共演するはずだったんだ。実現しなかったけどね。3人ではなく4人が前列に並ぶはずだった」

ロビン 「というより、アンディはもともとビー・ジーズの一員だよ。ただ、やる曲が違っただけだ。アンディはビー・ジーズの延長線上にいた」

モーリス 「それにいつだってビー・ジーズは彼の席を開けて待ってたんだけど、彼はソロで成功してたしね。でもこのアルバムでは、その共演が実現したかもしれなかった」

ロビン 「アンディはいつでもぼくたちと一緒にいるよ。いなくなったとは思ってない」

1曲1曲が時代を刻む歴史を作っていった

ー 30年以上の音楽生活をふり返って、どの時代が一番いい時代でしたか?

ロビン  「’90年代(笑)。ビー・ジーズの成功はこれからだ。『サタデー・ナイト・フィーバー』(’77)は映画とサウンドトラックで大成功したプロジェクトだったけど……」

バリー 「『サタデー・ナイト・フィーバー』は失敗作だ」

ロビン 「あの作品をキャリアの絶頂期だとは思っていない。帰ってショッキングな出来事だ。突然の異常人気、吹き荒れるディスコ・フィーバー。あんな異常現象は起きてほしくなかった。ぼくたちは普通にアルバムを出して、普通に曲を出したかったね」

ー 新作に収録した「オーディナリィー・ライブス」という曲が、その点を語っていますね。

バリー 「つまり、あんな成功を収めること自体が、人の一生を破壊するってことだ」

ロビン 「その後をフォローできないんだよ。あんな異常現象は度重なるものじゃないのにその後はレコードを出すたびに、あのフィーバーと比較されてしまう。マイケル・ジャクソンもその被害者だね」

モーリス 「マイケル・ジャクソンの『バッド』は『スリラー』ほどの驚異的セールスを収めなかったがゆえに、失敗したといわれる。内容はけっして悪くないのに」

ロビン 「内容的には前作を上回っても、世間は成功という部分でしか作品を評価しない。創造的で芸術的なクオリティーは眼中にないんだ。前作を上回るセールスだけが評価の対象になってしまう

ロビン 「80年代は『サタデー・ナイト~』の後遺症で、世間からビー・ジーズの音楽が抹消され、人々に選択の余地も与えなかった。だから僕たちは退き、他人の作曲やプロデュースに時を費やした」

バリー 「でも今は、特に今回は、精神的にも肉体的にも準備万端といったところかな。経験を積んで成長したしね」

モーリス 「以前よりボーカルも強く出せるようになった」

ロビン 「批評家が難と言おうと関係ない。見渡せば、ジェネシス、スティーブ・ウィンウッド、ビリー・ジョエルなど、ぼくらと同年代の人々が絶頂期にいるんだよ」

モーリス 「上を見ればローリング・ストーンズもいるし」

ー ビー・ジーズは美しいボーカルが魅力だと思いますが、自分たちではどう考えますか?

モーリス 「声質に関しては神に感謝するしかないね。パッと聞いて、ビー・ジーズ、とわかるアイデンティティーがある。それはビートルズ、ローリング・ストーンズ、フリートウッド・マックにもあったし、今ならボビー・ブラウンやボン・ジョヴィにもね」

ロビン 「どんな曲をやろうとこのサウンドは必ず伝わってくる。ヘビーメタルをけなすわけじゃないけど、なかにはどいつもこいつも同じ音で独自性のないバンドがいる時代だ。それから僕たちの魅力を言うなら、歴史があることだろう。歴史を作りながら成長できれば最高だね。1曲ごとに、レコード1枚ごとに、歴史を作っていくんだよ」

ビー・ジーズのもつ名曲の数々はそれぞれの時代を歌い、聴く者の思い出を刻み込んでいた。横浜アリーナで彼らのステージを見た時、そんな思いと共に改めて彼らの歴史を実感してしまったのだ。

(インタビュー/松田洋子  写真/林隆久)

このインタビュー記事(白黒写真4枚入りの1ページ記事)と連動したプレゼント企画はビー・ジーズのサイン入りテレカ(テレフォンカード)でした。テレフォンカードというところに時代を感じますね。10名にプレゼントで、応募締め切りは1月18日。ありゃー残念、6日(と33年(汗)ほど過ぎています。

ロビンが「80年代は世間からビー・ジーズの音楽が抹消された」と語った意味が、映画『ビー・ジーズ 栄光の軌跡』封切り後の今は以前よりわかりやすいのではないかと思います。しかしバリーがサタデー・ナイト・フィーバーを「失敗作だった」と断言しているのには、ちょっとびっくりします。続く発言「(ああいう成功が)人の一生を破壊する」でバリーの意図は汲み取ることができますが、フィーバーの時代から10年を経てなお、彼らが苦しみ続けていたことがこのインタビューからも聞き取れます。

それにしても今こそ「準備万端だ」というバリー、成功は「これからだ」、「歴史を作りながら成長できれば最高だ」というロビン、ボーカルも力強さを増したというモーリス。

そして最高のライブをしてステージを去る時の快感を語るモーリスの言葉にはミュージシャンとしての誇りと喜びがあふれています。

こうした気概と音楽への愛情がビー・ジーズを支え続けたのでしょう。

{Bee Gees Days}

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