【1969年8月】「ロビン・ギブ — ぼくがビー・ジーズを脱退したわけ」(Mirabelle誌)
その約1年前にはグループのために「仮病役」を演じていたロビンですが、ヴィンスが最近のインタビューでも話題にしていたように、グループ内でさまざまな問題が噴出。結果的にロビンは69年にビー・ジーズを去りました。その後、マネージメントとの問題で活動停止に近い状態に追い込まれたロビンが、ようやくビー・ジーズ側(マネージャー側)と和解が成立して、「さて、これから本格的に、グループ時代にはできなかったことに取り組もう」という状態にあったときに、当時のティーン向け雑誌ミラベル(Mirabelle)に掲載されたインタビューです。
モーリスとバリーには「ビー・ジーズに戻って来い」って言われたんだけど、ぼくは「No!」って答えた
ロビンに会ったら、なかなか幸せそうだった。それもそのはず、長年メンバーとしてやってきたビー・ジーズとの和解がようやく成立したのだ。
紺色のスーツと淡いグリーンのシャツにネクタイは赤と青といういでたちのロビンは、ロンドンのマドックス・ストリートにあるマネージャーの事務所の入り口でこちらを迎えてくれた。
「やっとかたづいてうれしいよ! この10週間は本当にひどかった。まだビー・ジーズ・サイドとの和解が成立していなかったので、現状についてコメントすることも、ぼくが脱退した理由についても話しちゃいけなかったから。でもこれでようやく、どうしてぼくがビー・ジーズと袖を分かったかについて話せるようになった。
本当の理由は、もっと自由に自分がしたいことをして、自分で決定権を持ちたかったからなんだ。もちろん、グループ内に悪い感情があったからなんかじゃない」
ずっと幸せになった
「ときには口論もしたけど、グループならそんなの当然だ。脱退してからの方が、誰にとってもずっと良い状態になった。ぼくは今の方がずっと幸せだし、あとのみんなもそうであってほしいと思っている。
この数週間で、前よりずっとバリーとも仲良くなった。ぼくが抜けたとき大ゲンカしたってわけじゃないけど、当然、ものすごくいい状態ってわけでもなかったから。
脱退後、バリーには3回ぐらい会った。バリーの家で人が集まることがあったりして。モーリスとバリーには2回ぐらい『ビー・ジーズに戻って来い』って言われたんだけど、2度ともぼくの答えは『No!』だった。
ほんとに戻りたくないんだ。ちゃんとした理由があって辞めたんだし、何があっても気が変わって戻ったりはしない。
ぼくがもっと目立ちたいからやめたと思っている人が多いみたいだけど、それはぜんぜんちがう。
ビー・ジーズについて、ぼくが本当に腹を立てたのは、バリーがグループを抜けて映画の方に進みたいと思っている、と知ったときかな。バリーの人生なんだし、好きにしてかまわないんだけど、新聞でそのニュースを読むまで、ぼくはそんな話聞いたこともなかった。その後も、バリーは映画に進出する話についてはぼくに言ったことがない」
モーリスとバリーと兄弟でなかったら、もっと早く脱退していたかもしれない?
「それはない。兄弟だから結束するなんてことはない。兄弟だから残留するなんてないよ。ぼくがビー・ジーズを抜けようと決心したのは去年の9月だ。もっともそれからすぐにそのニュースがリークされてしまったけれど」
また、ロビンが言うには、モリー夫人がこの決定に影響を及ぼしたのではないかと訊かれることが多いという。これもまったく事実ではないそうだ。
「グループ脱退はぼくひとりで決めたことだ。モリーはぼくが言うことは万事サポートしてくれるから、もちろん賛成だったけどね」
大勢のファン
「ここ2週間ほどで、世界中から何千通もファンレターが届いたよ。みんな応援してくれている。返事を書こうとしたんだけど、数が多すぎて、ちょっと無理なんだ。
ファンレターは今のぼくにはとっても大切だ。自分が望まれていると知るのはうれしいし、人気グループを離れる場合には、ファンにそっぽを向かれるかもしれない、という不安もある。
ぼくの場合には、そうはならなかったので、自分でも幸運だと思う。みんなすごくよくしてくれた。通りでも呼び止められて、ソロキャリアの成功を祈ってます、なんていわれることがよくあるんだよ」
当然、ロビン自身もソロキャリアの成功を祈っている。もっとも祈る必要もないぐらい、万事順調のようではある。向こう5年間で20万ポンドのレコーディングとソングライティング契約を締結したばかりだ。
これは元ビー・ジーズのメンバーの新しい門出だといえる。いまのロビンはとにかくとても幸せそうで、未来に思いをはせているようだ。きっと素晴らしいものであるにちがいない未来に…!
その後、幸運なことに(!)彼らは再結成してくれて、ロビンはビー・ジーズに戻るわけですが、ずっと後になってさえ、バリーとロビンは「この当時のことについてはほとんど話題にしない」と言ったぐらいなので、これがいかに辛い体験として尾を引いたかは想像に難くありません。たびたび書きますが、この段階でバリーでさえまだ大学を出たばかりぐらいの年齢です。これも後になって、彼らは「お互いが『ああ言った、こう言った』とマスコミの報道に振り回されて関係が悪化した側面がある」と語っていますが、バリーの俳優転身宣言を「新聞の報道で初めて知って腹を立てた」というロビンの話にもそれがうかがえます。そこでバリーに「あれ、ほんと?」と聞けないほど、やはり関係は悪化していたということでしょう。
それにしても記事に使われたトップの写真を改めて見ると、バリーとモーリスってよく似ていますね。モーリスも笑っているところだったらもっと似て見えたかも、と思います。
この日はおそらくビー・ジーズ側との和解が成立し、取材が解禁になったプレス対応の日だったのでしょう。この「紺のスーツに淡いグリーンのシャツ、赤と青のネクタイ」姿のロビンはヨーロッパの雑誌の表紙や大型ポスターにも登場しました。当時ソロとして出発したロビンが浴びた注目の大きさがうかがえます。トップの写真は白黒なのでわかりませんが、赤地に青の水玉模様のネクタイです。
{Bee Gees Days}
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