訳詞コーナー:「イン・ザ・モーニング」

朝が来て 月が眠るとき…
朝が来て 月が眠るとき…=

ロンドンの街は明け染めようとしてまだ暗く、テムズ川に浮かぶ引き船も霧の中にけだるく眠っています。どこかで鐘が遠く響き、光が差し始めた空に鳥が一羽。

そしてカメラが次第に上がると、やがてこの北の街の全景が俯瞰ショットに浮かび上がって、そこに美術の時間に子どもが水彩絵の具をしみこませた筆で書いたような、手書き風に赤く踊るMelodyの文字。ご存じ、映画『小さな恋のメロディ』の忘れられないオープニングシーンです。

製作者であるデヴィッド・パットナム氏と夫人の出会いをもとに作られた自伝的映画とはいっても、数々のエピソードはビージーズの曲を元にイメージされたということなので、この「イン・ザ・モーニング」の中にも、映画中の有名なプロポーズの場面を思わせる砂の城作りのモチーフなどがちりばめられています。何よりもたぶん映画そのものを朝の場面で始めるという発想は、この歌と切り離せないものだったろうと思われます。

「Morning of My Life(人生の朝)」とも呼ばれるこの曲は、タイトル通り、人生の朝にあたる子ども時代を歌って、まさに人生の朝の物語であるこの映画にふさわしいテーマ曲でした。「理想化された子ども時代の肖像」ともいわれる美しい詩には、初恋と孤独のイメージも歌い込まれ、これから始まる物語の見事な「予告」になっています。

朝 月が眠るとき
ぼくの一番大好きな時間
見つめれば 日の光に虹が踊り
寒い夜が過ぎて
水たまりには氷が張っている
朝 ぼくの人生の朝

日ざかりの中で また会おう
君を待っているよ
海辺の移ろう砂で
城を作りながら
誰にもわかってもらえない世界で
朝 ぼくの人生の朝

人生の朝に
時はゆっくりと過ぎて行く
でも生き急いだりしないで
まだ朝だ
これから人生の一日を
生きていくんだもの

夜になったら
月まで飛んでいこう
ぼくの部屋の天井の
右のすみっこまでね
そこで一緒にいようよ
また明日 日がのぼったら
物干しのひもでブランコしよう
あくびしてもいいよね
朝 これがぼくの人生の朝

朝 これがぼくの人生の朝

1965年、バリー・ギブが19歳のときの作品。優れた研究サイト”Gibb Songs”で研究者のジョー・ブレナンが指摘している通り、この詩にはドノヴァンの「カラーズ(Colors)」の影響が感じられますが、ブレナンも認める通り、すでにバリーらしさが十二分に開花して、いかにもバリーらしい美しい叙情的な作品に仕上がっています。

大勢のアーティストにカバーされていることでも有名で、意外なところでは、ボブ・ディランの実験的な長編映画『レナルド・アンド・クララ』のロングバージョンのラスト近く、ラスベガスにたどりついた一行が耳にする曲として画面に登場するのがこの「イン・ザ・モーニング」だったと記憶しています。

『小さな恋のメロディ』に使われたのは、いったんソロになったロビンがグループに復帰し、三兄弟がそろってレコーディングした1970年のバージョン。オリジナルの1966年のバージョンは、1970年にドイツとフランスで発売され、映画公開の翌年にあたる1972年には日本でも発売された2枚組アルバム『ノスタルジア(Inception and Nostalgia)』に収められていますが、もう少し素朴な雰囲気です。また、日本では映画と挿入歌「メロディ・フェア(B面:若葉のころ)」の大ヒットを受けて1971年11月にはシングルとして発売されています。このときのB面はやはり映画の挿入歌だった「ラヴ・サムバディ」。

ビー・ジーズ自身にとってもお気に入りのナンバーなのでしょう。コンサートのハイライト、三兄弟のハーモニーを前面に出したアコースティックのセットではよくこの曲が使われていました。三人そろった最後のツアーになってしまった1990年代の“ワン・ナイト・オンリー”ツアーのライブDVDでもこの曲で見事なハーモニーを披露する充実した「人生の午後」における三人の姿を見ることができます。

タイトルバックという時間の制約があったためか、映画では「朝」「昼」「夜」の間に入る第三連がカットされていました。実は、この第三連にはちょっと「大人の視点」が入っています。「そんなにあせっちゃだめだ、急がなくても、これからまだ先は長いんだよ」というメッセージです。

映画の中で「いま彼と一緒にいたいのよ」と泣くメロディちゃんを前に、心優しい彼女の家族がもらい泣きしながら「おまえ学校が好きだったじゃないか」というと、メロディちゃんが答えて、「地理よりもダニーと一緒にいる方が好きなの」と答えるところがありますが、意外にビー・ジーズの歌はそう言って泣くメロディちゃんを愛情をこめて見つめる大人側の視点で歌われているのです。この映画が時おり言われているように紋切り型の「世代間闘争」を描いているのではなく、もっと深く温かい人生の賛歌になりえているのも、そのために時代を超えて色あせないのも、ビー・ジーズの歌がさりげなく付加えているこうした人生哲学のようなものが漂っているせいかもしれません。そんな意味でも、この映画がビー・ジーズの音楽に負うところは非常に大きいと思います。

すでに人生の真夜中――ということは夜明けが近い?かもしれません(ははは)――に近いいま聞くと、いっそういとおしい人生の賛歌「イン・ザ・モーニング」です。

英語の歌詞はこちら。映画に使われたバージョンは小さな恋のメロディ ― オリジナル・サウンドトラック に、オーストラリア時代のバージョンはCDセットBrilliant From Birth に、ライブバージョンは『One Night Only』ツアーのDVDビー・ジーズ ベスト・ヒッツ・ライヴ [DVD]に、それぞれ収められています。ここではYouTubeから1973年9月の来日公演で歌われた、全員20代だったビージーズの「人生の昼」バージョンへのリンクをご紹介しておきます。私はこの会場で生演奏を聞けた幸運な聴衆のひとりでした。幸せな「人生の朝」の思い出です。

『小さな恋のメロディ』に使われた曲を取り上げてほしいというご要望が多いため、(途中で他の曲の紹介が入るかもしれませんが)映画の中に登場した順番を追って、これから「メロディ・フェア」「ラヴ・サムバディ」と取り上げていく予定です。どうぞよろしくお願いします。

{Bee Gees Days}

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