【2020年3月】ビー・ジーズ映画のバリー役候補? 確かに似ているかも?

ビー・ジーズ・ファンのジャーナリストがおすすめのバリー役ブレイク・ジェンナー(画像はRoxborogh Report記事より)

ビー・ジーズ映画のキャスティングの話題をもうひとつ。(これもちょっと古くてすみません…Roxborogh Report (2020年3月11日付)の記事です)

「ブラッドリー・クーパーなんかお呼びじゃない―—バリー役はこの人!」という刺激的なタイトルで、ビー・ジーズの大ファンでもあるニュージーランドの音楽ジャーナリスト/DJのティム・ロクスボロさんが推すのが『Glee/グリー』の若手スター、ブレイク・ジェンナーです。

寡聞にして知らなかったのですが、写真を見るかぎりでは、うん、確かに似ている(ところがある)!と思います。この写真が特に似ているようで、他の画像を探してみたらそうでもないような気もしたのですが、ニコニコ動画に出ている映像では歌っているところも見ることができます。

●ロクスボロさん推しのバリー役は『Glee/グリー』の若手ブレイク・ジェンナー
●『ボヘミアン・ラプソディ』に見る伝記映画における虚構
●ビー・ジーズの物語ではどんな虚構が可能か?

というロクスボロ・レポートの該当記事の内容を以下に簡単にまとめてご紹介します。

いや、ちょっとすごい見出しになってしまってお許しいただきたいのだが、ほんと、もし噂通り、ブラッドリー・クーパーがバリー・ギブ役になっても、ぼくとしてはもちろんうれしい。まず演技力がある。ルックスも、音楽のセンスもある。しかも髪の感じとか、日焼けとか、ギブ兄弟役らしい要素を持っている。しかも彼のスター性はビー・ジーズ映画らしい大作感にもぴったりだ。

ただ、もしも彼がダメとなった場合にそなえてなのだが、ぼくとしては完璧なバリー役を見つけたと思うのだ。27歳のブレイク・ジェンナー。テレビ番組『Glee/グリー』のライダー・リン役で知られる若手である。ぼくは予想外のヒット作となった2016年の『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』で彼を知った。物語の舞台は1980年、ジェンナーは大学のバスケットボール選手ジェイク・ブラッドフォード役を演じていた。当時の服装と髪型をした彼は若きバリー・ギブそっくりだったのだ(写真をご覧ください)。

ねっ、ねっ、そう思いません? 『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』のブレイク・ジェンナーは1967~69年のバリー・ギブに似てますよね。髭を生やして、髪をブロードライすれば、1975~79年のバリーでも行ける! 『Glee/グリー』に出ていたぐらいだから歌も歌える。しかも彼はフロリダ州マイアミの出身(70年代半ば以降のバリーのホームベース)と来ている。もうこれは決まりでしょ!

とにかく、バリー役は誰か、ロビン、モーリス、アンディ役は誰か、ということを別にしても大ヒットした『ボヘミアン・ラプソディ』のチームが関わっているというだけで、ギブ兄弟の物語の映画については大いに期待が膨らむ。

このビー・ジーズ映画のプロジェクトには、『ボヘミアン・ラプソディ』のプロデューサーのグレアム・キングだけでなく脚本のアンソニー・マッカーテン、さらにはスティーヴン・スピルバーグの製作会社アンブリン・エンターテインメントも関係しているといわれている。

つまり大作映画の作り方なら心得ているメンツがそろっているわけだ。これは別に悪いことじゃあない。ただ、ひとつ個人的にひっかかっていることがあって、それは何かというと……ギブ兄弟の物語が『ボヘミアン・ラプソディ』方式でダダダっと簡略化された形で大画面に展開されたらどうかなあ……という点なのだ。

そう、ご存じない方のために書くと、『ボヘミアン・ラプソディ』は2つほど大きな「虚構」の上に成立している。まず、フレディ・マーキュリーは1985年の伝説的なライヴ・エイド出演の前にすでに自分が死ぬと知っていたという虚構。そしてクイーンというグループは事実上長年解散状態だったのだがさまざまな困難を乗り越えてライヴ・エイド出演を果たしたという虚構。

真実はこれほどドラマチックではない。ライヴ・エイドの時点でフレディが病気だったという証拠はなく、彼の健康状態が下降し始めたのはライヴ・エイドの1年半~2年後という説が有力だ。史上最高ともいわれるあのライヴ・エイドのパフォーマンス以前にフレディが己れの死を自覚していたという点に、あの映画の感動の肝(きも)がある…という点はどうにもひっかかる。『ボヘミアン・ラプソディ』という物語のさして重要でもないディテールどころではない。これは物語の根幹を成す2本の柱のひとつといっていいのだから。

もう1本の柱が、何年も疎遠になっていたグループが1985年のあの日に復活し、世界を驚嘆させるような名ライヴを実現した、という点だ。実際にはクイーンはそのつい6週間前にヒットアルバム『ザ・ワークス』を引っ提げて大規模なツアーを成功させたばかりだ。あの史上最高の観客動員数を誇る伝説の大コンサート、ロック・イン・リオもこのツアー中のことである。

『ザ・ワークス』当時のクイーンがどのぐらい人気があったか覚えていないという方のために書くと、『ザ・ワークス』には I Want To Break Free」「Radio Ga-Ga」「It’s A Hard Life 」「Hammer To Fall」と世界的な大ヒットが4曲も入っている。まあ、その方が話が面白くなるのなら事実を少しぐらい曲げてもいいじゃないか、ということなんだろう。確かにその方が話は面白かったし、フレディ・マーキュリー役のラミ・マレックが称賛されたのは当然だとぼくも思っている。でもあれは事実だったでろうか? 事実でなくても別にかまわないのだろうか?

こんなことを言うのも、ビー・ジーズの伝記映画を作るにあたって事実を多少変更すると確かに良さそうだ、というのは、実際そうなんだろうと思われるからだ。言いたくはない、言いたくはないけど。

ギブ兄弟の物語は事実を辿ると大筋はこんなものだ。

イギリス生まれでトラブルメーカーだった3人の少年は、家族そろってオーストラリアへ移住。グループを結成し、チャイルド・スターとなるがヒットは出せず、イギリスに戻って国際的なスーパースターの仲間入りを果たす。不仲により解散するが再結成を果たし、一時的にスターダムに返り咲くが、その位置を保つのは難しく、苦闘の末フロリダに拠点を移して、ニューサウンドで変身を遂げ、世界最高の人気を誇るまでになる。末弟も同じく人気者となる。しかし大人気の後には反動が来てつらい日々が待っていた。しかし彼らはソングライターとして大スターに曲を提供。その後、グループとして活動を再開して大カムバックを果たすが、末弟が悲劇的な死を遂げる。それでも兄弟はグループとして世界的ヒットを飛ばし続け、再び尊敬を勝ち得て、数多のアワードを手にする。やがて主要メンバーたちの早すぎる死でグループとしての活動にピリオドが打たれるまで…。

こんなところが大筋だが、ギブ兄弟をたたえつつ、時間軸を少しずらしてもっとドラマチックな映画にしたいなら、少しばかり出来事の順番を変えることもできるだろう。人間や出来事も飛ばしたり、省略したり、あるいはちょっと劇的に誇張したり、狙っているような物語をもっと面白く語りたければ、それもひとつの手ではある。

とはいえ、ぼくは伝記映画が大々的な虚構を語るのは良しとせず、こんなことを書いているだけで気分が悪くなってくるぐらいなのだが、もうちょっとこちらの話につきあっていただきたい。ギブ兄弟のために、そして映画のために、もし終盤、アンディが1988年ではなく1987年に亡くなったことにしたらどうだろう? するとビー・ジーズが1987年に「ユー・ウィン・アゲイン」で大々的なカムバックを遂げたという事実が、アンディへのオマージュとして、そしてギブ兄弟の物語の核となる思想、つまり彼らは決して、決してあきらめなかった、という点を強調することにもなるではないか。

こんなことを言うのは我ながらいやなのだが、ある意味で、ぼくは来るべき映画と向き合う心の準備をしているのだと思う。実際のタイムラインをこんな風に変えることによって、イギリスでナンバーワンになって、ジョージ・マイケルの「Faith Off」を2位にとどめた傑作「ユー・ウィン・アゲイン」がアメリカでは不当にも最高位75位に終わったという事実を補正してしまえる。アメリカでのこの曲がぽしゃったという事実は、「ユー・ウィン・アゲイン」がヨーロッパでは1987年最大のヒットだったという事実を無視しているではないか。そうだ、歴史を書き換えて何が悪い!

けれども…バリー、ロビン、モーリスのライフストーリーはショービジネスの世界でも屈指の驚くべきものであり、その成功のすさまじさたるや別に手を加えなくても十分にすごい物語だ。ビー・ジーズの物語の曲折のすべてを大画面で再現する必要はない。けれども、上で書いた彼らの物語の根幹を成す「決して決してあきらめない」精神、そして彼らが兄弟であり、互いに愛し合い、優れたメロディメーカーであり、カムバックの名手であったという事実、そこだけは絶対に譲れないところだ。

なるほどなあ、そこ(アンディの死のタイミング)を変えるかあ。そして「ユー・ウィン・アゲイン」がアメリカでもヒットしたことにして、そこをクイーンのライヴ・エイド出演みたいなクライマックスに持ってくる、というやり方ですね。どっちにしても彼らの物語はめちゃ長い(キャリアそのものが普通のグループの何倍もある)ので、どこかをはしょる必要は避けて通れないでしょう。だって彼らのキャリア50年を追った長さ50年の映画というのはたぶんどこの劇場でも敬遠するはず…というのは冗談にしても、それがしは別にアンディが88年に亡くなったという点は事実通りでも劇的になるのではないかと思います。そうしたらクライマックスにアンディの死にインスパイアされた89年のOne For Allツアーを持って来ることができるのではありませんか。

こんなラストが目に浮かびます。アンディを思い、「ユー・ウィン・アゲイン」のヒットを背負って再び(文字通り長い年月を経て)ステージに立った3兄弟。喝采を浴び、光の中で歌う彼らの隣りにはふと気づくとアンディも立って一緒に歌っている。やがてアンディの姿が消えると、続いて光の中にいたモーリスが、一礼してやはりステージの奥の濃紺の闇の中に消える。続いてロビンも輝くような笑顔を残してステージから消える。ふと気づくとバリーひとりがステージの上に光を浴びて立ち、鳴りやまない歓声に深々とお辞儀をしている。(ビー・ジーズって必ずほんとに深々とお辞儀をするのが72年に初めてのステージを見て以来印象に刻まれています)

その顔から滴るのは汗だけなのか…。観客がそんなバリーに花束を投げます。受け取ったバリーの手の中で輝く花束が、弟たちとの子ども時代、あるいは青春時代のライブで受け取った花束の映像とオーバーラップして映し出され、そこに簡素な字幕で、

アンディ・ギブ 1988年没、モーリス・ギブ 2003年没、ロビン・ギブ2012年没。ひとり残った長兄バリーは「今でもぼくが歌うとき、そこには弟たちがいる」と語って音楽活動を続けている。

これなら事実を歪曲する必要はありません。でも、あれ、書いていたら涙が出てきてしまった……。

{Bee Gees Days}

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