【1978夏】「アンディ・ギブはあなたの永遠の恋人?」(米・タイガー・ビート誌)

3月生まれで3月に行ってしまったアンディ・ギブ。今月は追悼と哀惜の思いをこめて、彼の記事を少し多めにしようと思います。
これは1978年夏、2枚目のスタジオ・アルバム『シャドー・ダンシング』からの第2弾シングル「永遠の愛(An Everlasting Love)」発売直後に、アメリカのティーン雑誌タイガー・ビートに掲載されたアンディのカラー・ポートレートです。題して、「アンディ・ギブ、彼はあなたの永遠の恋人?」。
最新ヒットシングルで”変わらぬ永遠の愛”を歌うアンディ。だけど、どうでしょ、あなたは永遠に彼を愛していけそう?
これまでも歌手に夢中になったことはあるよね? だけど最初のヒット曲の思い出が薄れるころには、その歌手に対する興味も薄れちゃったんじゃない? でもね、アンディ・ギブは、そんなあなたにとっても忘れられない歌手になるんじゃないかと思う。
という論調の記事で、例によって内容はないのですが、カメラに向かって微笑むアンディのカラー・ポートレートが少女たちの胸をときめかせたことでしょう。
ビー・ジーズの3人の場合も、国際デビュー後、アイドルとして扱われ、欧米のティーン雑誌(特に英国とヨーロッパ各国)の表紙やカラー・ページなどに頻繁に登場してはいました。その”アイドル度”は日本のメディアだけを見ていると想像しがたいものがあったかと思います。けれども同時に、彼らはシンガー・ソングライター(60年代末にはまだこの表現はあまり一般的ではありませんでしたが)としてアーティストとしても扱われていました。
ボブ・ディランがフォークから転向してファン層を拡大する一方で、この種の”芸能人”扱いを受けるようになって、「朝ごはんには何を食べますか?」といった類のアーティストとしての活動とは無関係な質問ばかり受けるようになったころ、「朝ごはんには主に釘を食べます」等々という”反抗的”で(ロックで?)皮肉な受け応えをしており、これがビートルズなどのインタビューにも影響したと言われています。(当時のインタビューはみんな大喜利なみに面白い受け答えが多いですよね)。
しかし、アンディは本当にアイドルという位置づけで短いキャリアを駆け抜けたので、アーティストとしての取材がほとんどなく、残されている記事の大半が、少女たちの淡い夢の投影のような他愛ない内容であるのは、以前にも書いたように、ある意味で残念なことではあります。アンディは兄たち以上に、巨大な商業の軛の中で”消費”されてしまったと言えるかもしれません。果たされなかったたくさんの可能性が本当に残念なアーティストです。
{Bee Gees Days}
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