【2025年12月】ビー・ジーズに救われたジム・キャリー

Ultimate Classic Rock.com (2025年12月9日付け)に掲載された記事と、元ネタになったと思われるインタビュー動画をご紹介します。季節色の強い内容だったので昨年のクリスマス・シーズンにご紹介したかったのですが、ちと間に合わず😢(すみません)。

ジム・キャリー主演の映画『グリンチ』は、当方は未見です。でも”ビー・ジーズに救われた”というと「ははあ」と思い当たるフシがあります。(フシがある選手権、ご存じですか?)

右側の写真が『グリンチ』を演じているジム・キャリー。映画が公開されたころ、百面相ともいえる表情豊かな演技で知られるキャリーをメイクで塗りこめたのは失敗だったんじゃないか、というレビューを読んだ記憶があります。そして確かにこのメイクはとても大変で、あまりの過酷さにキャリーは撮影初日に31億ドルともいわれる巨額の出演料を投げうってまで降板を申し出たとか。

Yahoo!ニュース(2026年1月5日付)がその体験を次のように紹介しています。

キャリーを追い詰めたのは、想像を絶する特殊メイクの過酷さだった。グリンチに変身するためのメイクには毎回8時間を要した。さらに、異常にかゆいヤクの毛で作られた着ぐるみ、25センチもの長さがある指の装具、そして「フリスビーのよう」だというコンタクトレンズを装着しなければならなかった。このレンズのせいで視界は狭いトンネルのようになり、さらに鼻の造形によって鼻呼吸ができなくなったため、キャリーは撮影期間中ずっと口呼吸を強いられたという。

キャリーの苦痛と、その苦痛が撮影に及ぼす深刻な影響を見るに見かねてプロデューサー・サイドはCIAや特殊部隊に拷問に耐える方法を伝授する専門家を招聘して指導にあたらせたそうです。

上記Ultimate Classic Rock.com(2025年12月9日付)の記事(筆者アリソン・ラップ)がその間の事情を報じていますので、以下に簡単にご紹介します。

ジム・キャリー主演の『グリンチ』といえばクリスマス・シーズンの定番。ただし、2000年公開のこの映画、子どもから大人まで楽しめるものだったわけだが、その実、撮影自体はキャリー自身によれば「耐えられないほどつらい」体験だったそうだ。

映画の中でキャリーがにつけていたコスチュームを見れば、そのわけは一目瞭然。コンタクトレンズはつけると痛い。ヤクの毛で作られた緑色のスーツは着ればかゆい。メイクには数時間を要するばかりか、いったん顔にメイクしてしまうと息をするのも大変だった。メイクのしたく、撮影、メイクオフがあるので、撮影現場では毎度毎度16時間労働。
「毎日生き埋めにされるようなメイクだった」とキャリーはザ・グレアム・ノートン・ショー(訳注 イギリスのトークショー、詳しくは↓で)で語っている。

あまりにもつらい状況だったので、専門家のサポートを受けることになった。プロデューサーのブライアン・グレイジャーが招へいしたのが、CIAの工作員に拷問に耐える方法を伝授する専門家だった。

キャリーの話では、この専門家の教えは、「”目につくものはなんでも食べなさい”と言われた」というものだったとか。「それから、もしパニック状態になって気分が落ち込み始めたら、テレビをつける、行動パターンを変える、知り合いに頭をひっぱたいてもらう、自分で自分の足を殴る、できるだけたくさん煙草を吸う」というものだったそうだ。

けれどもジム・キャリーを支えたのは、こうしたCIAメソッドだけではない。実はもうひとつ、強力な助っ人だったのがビー・ジーズの曲だった

「メイク用の椅子に座って、つらい手順を穏やかな気持ちで耐え抜くのに、ただひとつ効いたのは、ビー・ジーズの音楽でした」とキャリー。「なぜだかわからない。とにかく、ビー・ジーズを聴いていると幸せな気持ちになれたんです」

ジム・キャリーはこう発言しています。これ、最高の賛辞のひとつではないでしょうか。

キャリーは、撮影中、8時間もかかるというこのメイク手順を100回も経験したということです。「これは(映画を楽しんでくれる)子どもたちのためだ。子どもたちのためだ」と念じてメイクの苦しみに耐えたそうです。いやあ、役者さんも大変だ。

この記事のもとになったグレアム・ノートンのインタビューはこちら(YouTube)です。この中でジム・キャリーは、助けてくれたのは「ビー・ジーズの曲すべてです」と発言しています。だけど生き埋めにされるような、閉所恐怖症気味の人間などにとっては聞くだに恐ろしいメイク作業、「地下にとじこめられて救出を待っている」という状況を歌った「ニューヨーク炭鉱の悲劇」なんかはどうだったんでしょうか。

ちなみにイギリスの人気コメディアン、トークショー・ホスト、俳優のグレアム・ノートンですが、実は彼とビー・ジーズの間には悲しい軋轢があります。

2003年、モーリスの死の直後に放送されたチャンネル4の番組中で、彼は「モーリス・ギブの心臓モニターは”ステイン・アライヴ、ステイン・アライヴ”と歌ってたんだろうな」と発言。これがロビンを激怒させ、彼は2月に出演したITVのトークショー『This Morning』の中で、ノートンを「クズ」呼ばわりし、「小さな業界だから、僕と顔を合わせないように気をつけるんだな。今度会ったら首をねじ切ってやる」と発言しています。

視聴者からもこのジョークについては「悪趣味だ」という批判が寄せられ、ノートンとチャンネル4は正式に謝罪しました。「あのジョークはモーリスの死を笑いの種にしたのではなく、ビー・ジーズの音楽への愛情を表現したつもりだったが、悪趣味なものであり、間違いだった。ギブ・ファミリーには謝罪したのだが、それがきちんと伝わっておらず、ロビンの怒り表明に至ったことは誠に残念に思っている」ということです。

その後、ロビンとノートンが同じ番組に出ることがありましたが、ノートンはまだ存命中ですから、ロビンの言葉が実践されることはなかったわけです。すでに20年以上昔のことですが、当時のもろもろを思い出すといまだにとてもつらい気持ちになります。

最後は少し明るい話題でしめくくりましょう。トップの画像はUltimate Classic Rockの記事より。これは1973年のビー・ジーズですね。ちょうど1973年9月に行われた日本公演のころの彼らです。

{Bee Gees Days}

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