【1978年12月】米フォーティーン誌「アンディ・ギブのライブ体験記」(パート2)
アメリカのティーン雑誌「Fourteen」に掲載されたファンによるアンディ・ギブのライヴ・レポートのパート2です。
以下に簡単にまとめてご紹介します。
炎天下、1万3千人もの人が2時間以上行列をした理由? それはアンディ・ギブ。救護室のお世話になった人も3,000人ぐらいいたのに、その場にいた人のほとんどが2回とも行列しました。3時の回のコンサートが終わったあと、熱心なファンは、そろってゲートに並んで8時の回を待ったのです!
お腹はすくわ、喉は渇くわ、汗まみれで日に焼けて、打ち身まで…それでもアンディのファンは、輝くようなアンディがステージに登場したとたんに、みんなたちまち元気! アンディのあたたかくてやさしい笑顔が、たちまちみんなを生き返らせました。
燃えるような太陽もアンディ・ギブの輝くような美貌にはかないません。1回目のコンサートでは、アンディは白いサテンの半袖シャツに、ホットピンクのサテンのタイ、タイトなブルージーンズ、それに青と白のベースボールキャップ、というかっこうでした。
エネルギッシュに踊りながら、ステージの上を行ったり来たり。ステージからドラムの台の上にとびあがったりして、観客やバックのミュージシャンをあおります。ファンも頑張っているけれど、アンディはもっと頑張っていました。暑かったのはアンディも同じ。数曲歌っただけで、アンディはすごくセクシーなジーンズ以外は、衣装をすべて脱ぎ捨てたので、若い女性客は大喜びで大喝采!
アンディはほんとに素のままできれいでした。空調のきいた屋内会場なら、メイクでごまかしもきいたでしょうけれど、あの暑さではメイクなんてすぐに落ちてしまします! アンディはフェイクもごまかしもなしに、ほんものでした。ほんとにパーフェクト!
髪型も素敵でした。前髪をおろして、ふわふわっと軽いレイヤーの入った髪型です。アンディも観客と同じで汗びっしょりでしたが、カットが完璧なので、髪がぺちゃんとしたりしないで、まるで金色の後光みたいにアンディの顔をとりかこんでいました。
「金色(ゴールデン)」というのはアンディを表現するのにぴったりの色です。ふわふわっとした金色の髪。セクシーで健康的に日焼けした金色の肌。一列目から見ていると、アンディの茶色の目の中にある金色の点が星のように輝くのが見えました。そして何よりも、アンディの声は金色でした!
ライヴのアンディはレコードよりも素敵でした。レコードもあんなに素晴らしいのですから、これはすごいことです。アンディの歌は、生で聴いた方が、いっそうあたたかく、表情豊かに感じられました。本当に魂をこめて歌っていました。見ていて、アンディが、本当に泣き出すのではないかと思ったことが何度もありました。
それからアンディはとても自由に臨機応変にやっていた印象です。アレンジはレコードとぴったり同じではなく、「あ、あの曲なんだ」という驚きがあって、余計に興奮しました。アドリブ的な感覚がコンサートに躍動感を持たせていたと思います。それに音域がとても広い。高音もきれいで、ファルセットもみごとでした。
全体に、レコードで聞くより豊かな、深みのある声でした。これはアンディのパフォーマーとしてのレベルが上がっているからだと思います。踊りもそうです。テレビで見たよりずっと優雅でエネルギッシュな動きでした。まだ20歳でこのレベルですから、22歳になったら、もっともっとすごいでしょう。80年代のアンディの活躍を想像するだけで、すごいなあと思います。
アンディは今でも完璧です。ロマンチックな美貌、メロディアスで、うっとりするほどロマンチックなラヴソング、それをあの金色の声で歌うアンディは、究極のロマンチックな吟遊詩人のようです。ディスコの曲もアンディが歌うと、普遍的な愛のバラードに聞こえます。
アンディの金色のルックスを見て、声を聴いていると、天国のようなイメージが浮かんできます。エキゾチックな島、紺碧の海、心地よいそよ風、頭上には真っ青な空。風が髪を吹きすぎていく。波が体を洗って、疲れなんかふっとんでしまう。砂の上に寝転がって星空を見上げると、あまりにきれいで泣きたいぐらい。一緒にいるのは大好きなあの人…。近くにいるだけで、胸がドキドキして、心臓の音が相手にも聞こえてしまいそう。ああ! アンディの歌詞とサウンドが生む魔法のような夢の世界です。アンディ・ギブは本当のときめきをくれます。こんな夢を、夢以上のものを、実感させてくれます。
オープニングは、デビュー・アルバム『恋のときめき』から「フローウィング・リヴァース」。心地良いサウンドだけれど、なかなか深いテーマを扱った曲です。「傷つけるつもりはなかった(and hurting them was never in my plan)」という箇所は、アンディにとっては深い意味があります。実人生でかかわった女の子か、それとも観客の女の子たちか、アンディは誰も泣かせたくない、と願っています。
アンディはインタビューで、観客の中に泣いている女の子がいると本当につらい、といっています。アンディはとても繊細で、誰も傷つけたくないと思っているのです。7月3日のコンサートでは、涙を流しているファンがいたとしても、それはみんな嬉しくて流した涙だと思います。1万3千人の観客全員が、みんなうっとりとほほえんでいたんです。みんなの喜びが強く強く感じられて、バックの歌手やミュージシャンも驚いていたほどです。アンディは観客の愛情に包まれていました。とても嬉しそうだったけれど、ちょっとシャイにも見えました。輝くような笑顔を見せたかと思うと、ちょっとうつ向いて、「これ、みんなぼくのためなの?」というように、信じられないような顔をするんです。
続いての曲は、素晴らしい「スターライト」。アンディの曲にはよく水や空や星が出てきます。アンディが自然に感動する心を持っているからです。マイアミ・ビーチはアンディにとって理想的な場所。フロリダは今ではアンディの一部になっています。エメラルド色の海、宝石のようにきらめく星座、そんなものに包まれて、詩人は歌うのです!
「スターライト」で、アンディが歌っている美しさは、夏の夜のことでしょうか。それとも美しい女性のことなのでしょうか。夜と少女に心を動かされて、「スターライト」にはさびしい、せつない思いがつまっています。
そのほかにアンディがデビュー・アルバムから歌ったのは、「恋のときめき」と「愛の面影」です。アンディは「恋のときめき」を観客に捧げました。
一番歓声が大きかったのも、この2曲と、それにアンコールに歌った「シャドー・ダンシング」でした。「恋のときめき」は生で聴くといっそう素敵でした。会場の一番うしろから、愛情が波のように押し寄せて、どんどん大きくなりながら、一列目に達し、ついにはアンディに届きました。アンディは「みんな大好きだよ~」という表情をして、その愛情の波を観客の側に投げ返しました。1万3千人の声がひとつになって大きな大きな歓声があがりました。
「愛の面影」への反応はもっとすごかったです。観客は音が少しでも変わると敏感に反応して、「La la la」というところは少しアップテンポに変えてあったので、みんな大喜びで一緒に歌いました。
このほか、アンディは2枚のアルバムのどちらにも入っていないとても悲しい曲を歌いました。アンディはとてもやさしく、尊敬の気持ちをこめて、「この曲はぼくの兄たちに捧げます」といいました。タイトルははっきりわかりませんが、「僕には言葉しかない/君の心をぼくのものにするために」というとてもせつない歌詞が入っていました。アンディは、ジェフ・ローディンのキーボードを伴奏に、とてもやさしく歌いました。アンディの魔法のようなメロディは、本当に観客の心をとらえました。本当に、わたしたちみんなの心はアンディのものになってしまいました。
それからアルバム『シャドー・ダンシング』からの曲も演奏しました。まず、「ホワイ」。バリーとアンディの共作です。サビの部分にかかるときにバンドが音量を上げると、観客は大興奮でした。「永遠の愛」のサビと同じで、「ホワイ」のサビの部分もとてもダイナミックでまるで渦が巻き起こったようでした。いつもながら、とても心のこもった歌詞。アンディが表現していたのは愛することの強い歓びと苦しみです。
「愛の面影」はバリー・ギブとブルー・ウィーヴァーの共作ですが、ロマンチックなアンディにぴったりの曲です。アンディの金色の声はサテンのようになめらかで、やさしい指先のようにそっと癒してくれます。
最新シングルの「永遠の愛」は個人的なお気に入りです。この曲でもアンディは、いかにもアンディらしく、その愛情で、少女を悲しみから救ってあげる、と言って、彼女の悲しい心を慰めています。アンディの歌には、どこか緊迫感が漂っています。とてもせつなくて心を打たれます。アンディはいつも、いつでも、憧れの少女に向かって手を差し伸べているのです。彼の夢をすべてかなえてくれる、ただひとりの特別な人の愛を求めているのです。夢を追い求める理想主義的な姿勢は、アンディの大きな魅力のひとつです。20歳のアンディは、生きること、愛することに対する驚異の念を大切にし続けています。だからアンディが愛することの歓びと苦しみを歌うと、本当に説得力があります。アンディがファンに対して心を開いてくれるので、わたしたちファンもアンディに対して心を開くのです。
「アイ・ゴー・フォー・ユー」は燃えるような欲望の歌。アンディはとても官能的な声でこの曲を歌います。バックの歌手たちも素晴らしいです! アンディがせつない声で歌うと、女性ファンはみんなメロメロ。アルバム全体にいえることですが、「アイ・ゴー・フォー・ユー」はビー・ジーズの音楽よりもラテンとリズム・アンド・ブルース色が強くなっています。
「グッド・フィーリング」と「愛するキミを待って」は素晴らしい得恋の歌。どちらも、とてもきれいでやさしくて、ディスコというよりバラードのようです。アンディは繊細に激しくラブソングを歌います。歌っているときの視線の使い方が素晴らしいんです! 1回目のコンサートではわたしは15列目にいたのですが、アンディが客席に目をやったとき、アンディの視線がまざまざと感じられたんです! 背中がぞくぞくっとして、鳥肌が立ちました。
アンディは観客があまり熱狂しすぎないようにとても気をつけていて、一か所にじっとしていません。アンディは、動きを止めたときには、一生懸命にじっと見つめてくれるので、まるで自分ひとりのために歌ってくれているような気がしてしまいます。アンディって本当に魅力的です! (2回目のコンサートでは)1列目だったので、アンディの顔から目が離せませんでした。2回目のコンサートでは、ラベンダー色のサテンのパンツと、白の半そでシャツ、ワインカラーのベスト、それにイギリス風の鳥打帽をかぶっていました。シャツと帽子は歌い始めてすぐにとってしまい、ツヤのあるベストとぴっちりしたパンツで動きまわっていました。
アンディの体つきがどんなにゴージャスか、もう書いた通りですが、顔の表情と表現力豊かなボーカルも同じぐらい魅力的です。観客はアンディの思いのまま。2回目のコンサートでは、花束やぬいぐるみ、ネックレスなどのプレゼントがステージを埋めつくしてしまったので、わたしも他のファンもアンディが足をとられてころんだり、落ちたりしたらどうしようとこわくなったほどです!
でもアンディはころびも落ちもしませんでした。落ちたのはわたしも含めて、その場にいた観客全員です。みんなアンディと恋に落ちてしまったんです!
1978年7月3日のコンサートのレポート。お名前も掲載されていますが、プロのライターではなく、ファンの方の投書のようなので、お名前は出さないことにします。
元のレポートはかなり長文で、筆者も筆が立つ人のようなので、ひょっとして読者の投書というのは嘘で、編集部の人かライターが書いたんじゃないか、と思ったりもしましたが、どうやらそうではないみたいですね。音楽誌(ティーン誌でも)のライターが「ワーズ」を知らないというのは、ちょっと考えられませんから。(パート1の方を書いた読者の方はちゃんと知っていましたね)
アンディ・ギブは日本で公演したことがないので、ステージでの彼について知るには、現地のレポートを読むしかないわけですが、この2つのレポートから圧倒的なアイドルとして君臨していた様子が伝わってきます。
この中で筆者であるファンの方が、アンディを表す色は「金色」だ、と書いていたのには心を打たれました。アンディの没後に出たたくさんの訃報や追悼記事の中で、力が入っていたもののひとつが、アメリカの芸能誌「ピープル(People)」に掲載された記事で、そのタイトルが「ゴールデン・チャイルド(金色の少年)の死」というのです。
金色の髪、金色に焼けた肌、ハスキーなゴールデン・ボイスがトレードマークだったアンディは、よく「ゴールデン・チャイルド」と呼ばれていました。ゴールデン・チャイルド(直訳すれば「金色の子ども」)とは、また優れた資質や魅力を備え、誰にも愛され、将来を嘱望されるような若い人を表します。
もうひとつ面白かったのは、この筆者が、アンディはディスコではなくバラードだった、彼の本質はロマンチシズムだった、と書いていることです。これはバリー・ギブ自身が分析している「ビー・ジーズの魅力」と重なっています。
私個人は一度だけ、79年のビー・ジーズのアメリカ・ツアーを見に行ったときに、ステージのアンディを見ました。You Should Be Dancingだったと思いますが、アンディがステージに飛び入りして、三人の兄に加わったのです。でも見たといえるかどうか、覚えているのは、彼が小柄だったこと(兄たちより一段と小柄でした)、歓声がすさまじくて歌を聴くどころではなかったことぐらいでしょうか。(それにたぶん、私はアンディではなく、ビー・ジーズの方を目で追っていたと思います(^^;))あ、もうひとつ、モーリスがさりげなくアンディのフォローをしているみたいで、感じがいいなと思った記憶があります。
当時、アンディとともにティーン・アイドルとして君臨していて、その後、同じようにドラッグ問題で辛酸をなめたレイフ・ギャレットが、後年たしか、「ティーン・アイドルなんて持って2年だ」と発言していましたが、たしかにファン(消費者)のエネルギーはアイドルの若さの輝きに群がり、輝きに陰りが出るとまた次の対象へと移ろっていくようにも思えます。そうした残酷な時の移ろいや消費者の気まぐれに耐えるほんものだけが、長くスターの座に君臨することができるのかもしれませんが、時代のあだ花のように、咲き誇っては消えていく“アイドル”にしかない、一種はかない美しさもあるような気がします。さて、アンディ・ギブはアイドルだったのでしょうか?
ビー・ジーズもアイドル的な人気を集めた時代もありますが、アンディのこのレポートを読んでいて、「ああ、やっぱりお兄ちゃんたちにこれは無理だった」と思うところはありました。ロビンがステージでシャツを脱いで観客が大歓声…という絵柄がどうも想像できないんです、はい。
上でご紹介したピープル誌の記事は、アンディ像をある意味でよく伝えていると思うので、近く「アーカイヴ」セクションで取り上げようと思います。
{Bee Gees Days}
© 2009 - 2024 Bee Gees Days. 当サイト記事の引用・転載にあたっては出典(リンク)を記載してください。